微炭酸のしょう油

やわらかいところ、刺してもいいですか?

加湿をめぐる戦争

ある日、仕事が終わって家に帰ると、嫁が大騒ぎしていた。手にはコップとスプーンを持ち、なんというかぼくには「コップの中の水をスプーンで家の壁へぶっかけようとしている」ように見えたのだが、嫁に「何やってるの?」と聞くと、本当に「コップの中の水をスプーンで家の壁へぶっかけようとしている」と返ってきた。

 

聞けば、家の加湿器が壊れたらしい。ぼくの住んでいる家は冬場にものすごく乾燥する。最近の家は気密性が高くなり、乾燥するようになったとのことで、ぼくの家もそれに漏れずめちゃくちゃ乾燥する。生活する上で適度な湿度は40%~60%ほどとのことだが、この家に住んでから冬場に湿度を40%に保つのすら、なかなか大変だった。

 

そんな中で加湿器が壊れたということで、乾燥をとにかく嫌う嫁は湿度をあげようと、水を壁にぶっかけようとしていたらしい。湿度計を見たらその針は20%台に落ち込んでいた。このままでは大変危険な状態だ。なにが危険かというと、乾燥によって体調が悪くなることじゃない。この湿度によって、嫁が発狂してしまうことだ。

 

なんとかまだ人間としての意識を保っている嫁にぼくは言った。「今すぐに加湿器を買いにいこう」。嫁はうなずいた。まだ理性は失っていないらしい。ぼくらは閉店まで1時間を切る中で家電量販店へと車を走らせた。

 

★★★

 

新しく買った加湿器はスチーム式の加湿器にした。加湿器にはその加湿の方法によって何種類か種類があるとのことで、前までは気化式という電気代に優しいタイプを使っていたのだが、今度はとにかく加湿能力の高いスチーム式のものにした。お値段は2万円くらいした。

 

新型加湿器はというと、それなりに頑張ってくれてはいるものの、それ1台で湿度を急激にあげることはなかなか難しいようだった。ぼくの家はリビングが大きく開けており、また吹き抜けもあるため、いくらパワーの強い加湿器でも部屋全体の湿度を上げきるのは難しいらしい。

 

そこで嫁はエアコンの設定温度を大きく下げることにした。乾燥の原因はエアコンにあると目をつけたらしい。今までは25度くらいに設定していたのだが、それを22度に下げ始めた。これにはぼくはまいってしまった。ぼくは基本的に寒がりなので、どちらかと言えば"室温派"の人間であるのだが、嫁は言うまでもなく極端な"湿度派"。湿度のためなら少しばかり室温が犠牲になることも厭わない。ぼくがなんか寒いなあと思っていたらエアコンが止まっていたのにはビックリした。このままではぼくのほうが発狂してしまう。"室温派"と"湿度派"が共に暮すことはできないのか。"室温派"にもなれず、"湿度派"にもなりきれない、哀れで虚しい可愛い娘がサンなのか。「黙れ小僧!!」なのだろうか。(なにが???)

 

★★★

 

そうこうしていると、ぼくのケータイが鳴った。相手は加湿器を買った家電量販店。実は新しい加湿器を買うのと同時に、前の壊れた加湿器を修理に出していたのである。ただ、家電が壊れたともなれば、そんな簡単に直るともぼくも思っていない。前の加湿器も2万円弱はしたような気がするが、それを直すのには1万円か、もしくは新しいのを買うのと同じくらいの金額がかかってしまうのではないか。そんな予想をしていた。だからこそ新しい加湿器を即買いしたのだ。大丈夫。そんなに甘くは考えていない。

 

「2750円です」。電話の相手は言った。ぼくはまあまあ驚いた。一桁多い覚悟をしていたからだ。修理にかかるお金を聞いて、高ければ修理しないでいいやとも思っていたのだが、それならぜんぜん直してもらってかまわない。なんということだ。「戻ってきた!黄泉の国から戦士たちが帰ってきた!!」状態である。こんな嬉しいことはない。いやまて、大丈夫か? 加湿器の毛皮をかぶった偽物で、油断しているうちに毒矢を撃ってきたりしないだろうか。ぼくは慎重に前の加湿器を受け取った。なんと意外と思われるかもしれないが、偽物とかじゃなくて本当に加湿器だった。加湿器は戻ってきたのだ。

 

★★★

 

というわけで、今は加湿器を2台使うことでなんとか湿度を保つことができている。エアコンの設定も極端に下げなくてもよくなった。タタラバに平和が訪れたのである。

 

人間が生活する上で、湿度は意外と重要なものだそうだ。湿度が下がると喉も痛くなるし、風邪もひきやすくなる。乾燥する冬場で湿度を快適に保つのはなかなか大変なものがあるが、ぼくはそんなみなさんに「生きろ」と伝えたい。