微炭酸のしょう油

くだらなき こともなき世を くだらなく

UFOは所定の位置から現れてまた同じところに戻っていく

UFOキャッチャーにハマっている。と書いてみたけど、今って「クレーンゲーム」って言うよね。なんか「UFOキャッチャー」ってどこにも書いてないなーと思って調べてみたら、「UFOキャッチャー」というのはセガの商標なんだそうだ。「宅急便」がクロネコヤマトの商標だったみたいなもんか。

先週くらいからUFOキャッチャーにハマっている。→のボタンを押して、↑のボタンを押すとUFOが降りていく。UFOはぬいぐるみをつかむ、と思いきや空中でぬいぐるみを離す。ぬいぐるみは落ちていく。ぬいぐるみは転がる。ぼくは100円を入れる、→のボタンを押す、↑のボタンを押す、UFOはぬいぐるみをつかみ、離し、落ちていく。繰り返し。

何かを掴んだと思ったら、離されて、落ちていく。時間とお金だけが無くなっていく。そういうことってある。でも、心臓はさっきより早く動いている。ドキドキドキドキ。ぼくはまた100円を入れる。

 

 

 

探しものは見つからない

ぼくの中のジブリ作品の最高傑作は「もののけ姫はこうして生まれた」というドキュメンタリーなんですけど、そのDVDは車の中に置いてあって奥さんの実家に帰るときなどにずーっとかけっぱなしにしている。

先日の帰省の際も例に漏れずそのDVDを観ようと思って、助手席に座る奥さんにディスクを入れてもらおうと思ったら「あれ、DISC3がないよ」という。よく聞くと本来DISC3が入っているべき場所には「イノセンス」のDVDが入っているとのこと。「まさか宮崎駿の場所を押井守が奪うとは」と心の中で思いながら、その帰省中はDISC1とDISC2までを観ることにしたのだ。

帰ってきて、家の中を探す。もちろん今度は「イノセンス」のケースの中にあるだろうから「イノセンス」のケースを探すのだが、これがどこを探しても見つからない。家の中でDVDのケースをしまう場所なんか3箇所くらいしか候補がないのに、どこにもない。最終的には「誰かに盗まれたか」と疑心暗鬼にもなったのだがそんなはずはなく、しばらく「イノセンスDVD紛失状態」のまま2週間くらい過ごしていた。

そんな中で、昨日あたりから久しぶりに読みたくなってある本を探し始めたのだが、これがまた見つからない。ある短歌の歌集なのだが、家の中で短歌の歌集をしまう場所なんて3箇所くらいしかないはずなのにどこにもない。最終的に「誰が盗んだのだ」と疑心暗鬼にもなったのだがそんなはずもなく、色々なところをひっくり返してみたところ、「イノセンス」のDVDが見つかった。

中にはもちろん、「もののけ姫はこうして生まれた」のDISC3が入っていた。ミッションコンプリート。いや、正確にはぼくはもう短歌の歌集を探し始めているのだから別のミッションが全然片付いていないのだが、ひとまず一個前のミッションをクリアした。

ここで重要なことは、ぼくがDVDを見つけられたのは短歌の歌集を探し始めたからであって、おそらく「イノセンス」を探し続けていたら「イノセンス」にはたどり着けなかったと思ってる。往々にして探しているものは見つからない。そして探していないものが見つかる。だからぼくは「イノセンス」にたどり着けた。そう思ってる。

ちょっと待って。じゃあ今度はまた違う何かを探し始めたら短歌の家集見つかるんじゃないの? ああ、そうだわ絶対。さあ何を探そうか。「未来」とかか。

 

 

「もののけ姫」はこうして生まれた。

「もののけ姫」はこうして生まれた。

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ぼくは秒針

今日は「16時に奥さんを迎えに行かなきゃいけない」というタスクがある中で、昼からダラダラしていた。奥さんが出かけた12時半くらいからYoutubeショート動画を見続けて、気づいたら13時になっていた。Youtubeショート動画はすごい。時間を吸う。「第1位はコメント欄から」みたいな引っ張り方を何度もされて、気づいたら30分という時間を吸われていた。

このままじゃぼくの自由時間の3時間をYoutube動画に吸われてしまうと思い、ひとまずコンビニにご飯を買いに出かけることにした。おにぎりとパスタサラダを買って、車に戻ったが、そこで「このまま家に戻ってもYoutubeショート動画に時間を吸われるだけだしなー」と思って、そのままどこかに出かけることにした。

少しスマホで調べたら、隣の隣の隣町くらいの図書館で「本とコーヒー」というイベントをやっていることが分かった。車で片道40分かかるらしいが、Youtubeショート動画で「気になった方は概要欄からチェック」とか言われて時間を吸われるよりはマシだと思った。

鈴木ジェロニモの「超球形社」というPodcastを聴きながら、車を40分走らせた。こんなことならもっとささっと食べられるパンとかにしとけばよかった。途中の道の駅に車を停めてパスタサラダをすすった。いや、すすったのはパスタサラダのパスタの部分だけなので、サラダの部分を含めると「すすりほおばった」かもしれない。すすりほおばった。

40分かけて遠くの町の図書館についた。「本とコーヒー」というイベントはなんてことないイベントだった。古本がちょっと売っているだけだった。ぼくはアイスコーヒーを買って帰った。滞在時間は15分ほど。そしてまた40分をかけて今度は奥さんを迎えに行った。

とくにこれといって得るものはなかった感じだが、「時間を吸われる」感覚はなかった。どちらかというと「時間の上を走っている」感じだろうか。時間の上を走る、ぼくは秒針。

ダブルハンドスマートフォン

自転車に対する罰則が厳しくなった昨今である。ヘルメットの着用や、傘さし運転の禁止など、今までに比べて遥かに厳しい目が自転車を乗る人に向けられている。

そんな中で今日、街を歩いていると向こうからスマホを両手に持って自転車に乗る人とすれちがった。両手の指でスマホを持ちながら、手首のあたりで自転車のハンドルを操作していた。さすがにそのまま自転車を漕いではいなかったが、サドルにまたがりながら地面を足で蹴るように前に進んでいた。

まあもちろんそんな人を見たのは初めてだったのだが、ちょっと冷静になって考えるとスマホを同時に2台操作している人もめちゃくちゃ珍しいなと思った。たまたま出会ったスイクンが色違いだったみたいなことだろうか。

夏が加速していく。

届けるべきか否か

先日、道を歩いていたら足下にメガネが落ちていることに気づいた。もうすぐ駅につくかどうかという駐輪場の近くだったと思う。そこにメガネが落ちていた。親切なぼくは思った。「駅に届けてあげよう」と。そして少しかがんでメガネに手を伸ばそうとしたときに、そこでさらに思ったのだ。

「これを駅に届けるのは本当に親切な行動なのか」と。

 

例えばぼくがメガネを落とした人だとして、それを探そうとするときには、きっと自分が通った道を探すだろう。駐輪場の近くに落ちていたということは自転車に乗っていたかもしれない。もしかしたら自転車を駐輪場に停めて、自転車の鍵をかばんにしまうときに、中からメガネが落ちてしまったのかもしれない。

そう思ったとしたら、その人は駐輪場を探しにくるのではないか。そんな中でぼくがこのメガネを駅に届けてしまったら、その人はメガネを見つけることができない。さらに言えば、駐輪場から駅も微妙に離れているし、「駐輪場の近くで落とした」という認識があったとしたら、その人が駅員さんに落とし物がないかを尋ねるとは限らない。

そんなことを数秒間で考えて、結局ぼくはメガネを拾うことはしなかった。一見するとぼくが落とし物を無視した冷たい人間に見えるかもしれない。しかし、実はこれは深い思考に基づいた「高度な親切」なのだ。

 

もしもこの状況を中学英語の例文のように言うとしたらこうなるだろう。

「Is he a bad person?(彼は悪い人ですか?)」

「No,That is high-quality kindness(いいえ、あれは高度な親切です)」

きっとなるだろう。