微炭酸のしょう油

やわらかいところ、刺してもいいですか?

芝生は繋がっている

土曜日の午前中に庭仕事をやっておくと、すでに1イベント完了しているということで、その後は勝ち確定の休日を過ごすことができる。

今日は芝生の調子が悪い部分があったので、そこに2軍芝生から調子良い芝生を移植してみた。2軍芝生とは、本来芝生を敷いていない部分に余った芝生を捨てといたら勝手に根付いて芝生化した箇所のこと。なかなか元気に育ってるので、一部をくり抜いて移植を試みたところである。これでハゲ部分が埋まってくれると嬉しい。

そろそろ梅雨を迎える。今は芝刈りを繰り返すことで芝生を横方向に根っこを伸ばさせる季節だ。芝生は芝刈りをすることで垂直方向に葉を伸ばすのを諦め、横方向に根を伸ばそうとする。その習性を利用して、我々人間は芝生を狩りまくるのだ。この季節は芝刈りをすればするほど良いとのことなので、平日も夕方に芝刈りをしたりしている。天然芝は芝刈りが大変だとよく聞くが、芝刈りほど楽しい作業はない。芝刈りをしなければいけないではなく、芝刈りをさせて頂いていると考えている。緑の芝生を作るために、せっせと芝生を刈りまくる。芝生は楽しい。芝生が地球に生えているのであれば、生きるとは芝生を育てることだ。

ちがうか。

 

サッカーとは

サッカーを始めた。去年のことだ。始めたと言っても0から始めたわけではない。小学生から高校生までの間、12年やっていたサッカー。大学生になったらまったくやらなくなった。そんなサッカーを35歳になってまた始めた。職場の後輩に誘われて、練習して試合に出ている。それを1年続けた。チームは弱かった。30代のおじさんたちのチームで20代の若い子たちと試合している。すぐ疲れる、走るのも遅い、うちのチームはとにかく弱い。リーグ戦は全敗だった。惜しい試合もほとんどなかった。とにかく負けまくった。

ただ、サッカーは楽しかった。ボールを蹴るのは楽しかった。勝てなくても、点を取られても、ボールを蹴って味方にパスを繋いで、そしてボールを追いかけて走り回るのは楽しかった。

明後日また試合がある。次のシーズンが始まる。たぶん今年もいっぱい負ける。でも今年もきっと楽しいだろう。丸いボールを蹴っ飛ばす。地球が丸いなら、地球はボールだ。そこに僕らが立つのなら、生きるっつーのはそれを蹴るサッカーなんだ。

ちがうか。

クラシカルな暮らしある

良いスピーカーを買おうと考えている。ネットの評価を調べているけど、やっぱりお店で実際に聴いて決めたい。奥さんはクラシックを聴くのが楽しみだって言っている。奥さんは最近OTTAVAというクラシック専門のラジオサイトに登録した。月額500円だそうだ。よくわからんけど、アプリはなくて毎回Webサイトを開いてラジオを流す必要があるらしい。今どきそんなことあるのか。「今流れてる曲名調べたいんだよね」と言って奥さんがメールで公式サイトに問い合わせしたら、「曲名を調べる機能はありませんが、どうしても知りたい場合は問い合わせしていただければ調べます」って返ってきたらしい。今どきそんなことある??考え方もクラシックってことなのかい?

 

ottava.jp

ラジオスターの悲劇とか言わないの

最近ラジオを聴いている。通勤の車の中で今までは芸人のネットラジオを聴いたり、テレビを流したり、音楽を聴いたりしていたが、普通にラジオ番組にチューニングを合わせて、その時間のラジオを聴いている。ラジオの良さをなんとなく表現するなら、「心地よい」という感じがぴったりだ。「面白い」だったり「楽しい」だったり、そういうストレートに強いものではなくて、運転の最中に耳に入れるに丁度いい、まるで春の陽気の中で吹く温かい風のように、心地の良さがラジオにはある。

我々がインプットする情報の量はどんどん大きくなっている。ショート動画なんて10秒ごとに新鮮な情報がじゃんじゃん頭の中に注入される。まるで抗生物質漬けの豚だ。ラジオはなんというか、ちょうどいいどうでも良さがある。というか「どうでも良さ」が絶妙。どうでも良いエンターテイメント。どうでも良いって素晴らしい。ベターイズベストなのである。

 

追伸

抗生物質漬けの豚」という言葉はレディオヘッドのOKコンピュータから引用しています。こういう細かいところに文化的な知識が垣間見える、とても素晴らしいブログですね。