微炭酸のしょう油

くだらなき こともなき世を くだらなく

ノートに字を書くとき、文字に途中があったことを思い出す

Rollbahnのノートを新調して、そこに最近参戦した競馬のレースの結果を書き写してみました。カタカナで構成された競走馬の文字列をノートに書き写すという作業。これがなんとも心地よいのです。画面を読み、文字をタイプする毎日に慣れてしまったぼくですが、本来文字というものがいくつかの線で構成されていることを思い出すようです。

読書というものも、実は「いまどこを読んでいるか」という言わば「位置情報」が重要なような気がしていて、両手で本と接触し、全体のページ数から残りの物語の量を、無意識的にでも測ることが、読書に付随する要素として重要なのではないかと、なんとなく思い至りました。

まるで読み進めてきた「道中」に感想のパンくずをひとつずつ落としていくような感覚。デジタルが優れていることを全く否定することはありませんが、デジタルがアナログを駆逐しないだろうことは、ここまでデジタルが浸透してきたからこそ分かってきたもう一つの事実でもあります。デジタルか、アナログか。答えはもう「両方」で出ているような気がします。

 

縦書きの優しいフォントの歌詞カード 音楽を手で持っていた頃