微炭酸のしょう油

やわらかいところ、刺してもいいですか?

物語が塗り替わる瞬間を観てしまった。M-1グランプリ2019の感想

M-1グランプリ2019が終了した。優勝はミルクボーイ。ぼくは準決勝もライブビューイングで観ていたのだが、そのときもめちゃくちゃ面白くて、笑いすぎて笑い疲れしてしまったことを覚えてる。たしかその笑い疲れの割りを食った次のコンビが決勝で2位となるかまいたちだったように思う。今考えれば、その瞬間に運命は決まっていたのかもしれない。

 

というわけで素晴らしい大会だったのだけれど、ぼくがすごいなと思った瞬間はミルクボーイのネタを観たときと、もう一つはぺこぱが最終決戦進出を決め、和牛の脱落が決まった瞬間だった。そもそも近年のM-1を語る上では和牛の存在は欠かせない。3年連続2位という結果ももちろんだが、その内容も毎回新しい要素を加えてきて、去年のネタなんて「漫才を超えた漫才」という印象すら受けたほどだった(結果的に「一番"漫才"をしていたのは霜降り明星」という理由で敗北したことには同情すらする)。

 

そして今年のM-1、最大のインパクトはこの和牛の準決勝敗退だった。初の決勝進出が7組という新鮮さもさることながら、誰もが優勝候補だと思っていた和牛が決勝にいないことはM-1の時代が一つ転がった空気すら感じさせた。

 

ただ、一方でお笑いファンの中で密かに囁かれていたのは、「和牛はもう敗者復活から上がるしか方法がないんじゃないか」ということだ。過去には2007年にサンドウィッチマンが敗者復活から優勝をし、翌年もオードリーが敗者復活から最終決戦へ。更にトレンディエンジェルも敗者復活から優勝していくなど、敗者復活から上がってくるコンビはある意味でストレートで決勝にいくコンビとは違った強さや重みを肩に乗っけてネタができる。そんな中で準決勝で敗退した和牛に対し、ファンはどこかで「敗者復活からの優勝」という物語を思い描いていたところがある。

 

その物語は途中まで完璧だった。敗者復活でもダントツでウケをとり、危なげなく復活をすると、発表してそのまま決勝の舞台に立たされるという過酷な状況でも素晴らしいネタを披露。少し二人の中に復活の感動が強すぎて目元が潤んでいたようにも見えたが、見事にかまいたちを追随する点数を叩き出した。

 

もちろんこの時点でかまいたちの点数には及びはしなかったものの、まだ大会自体が温まっていない中で高得点を叩き出したことで、大会自体は早くも「かまいたちVS和牛の2強」という空気、ひいては「和牛が敗者復活から優勝」という物語へと歩みを進めていくように感じた。

 

しかし不幸だったのはそのネタ順だろうか。まずは和牛自体のネタ順が3番目だったこと。もちろん652点は高得点なのだが、審査員の心情として序盤のコンビに高得点は付けづらい。和牛自体が後半のネタ順ならあと数点の加点はあったかもしれない。また、かまいたちの直後だったことも少し不運。かまいたちが660点という高得点を出した後でどうしても「かまいたちと比べてどうだったか」という視点になってしまい、かまいたちとの勝ち負けで審査が行われてしまった。個人的な感想ではあるが、敗者復活の勢いが乗っかったにしては点数に蓋がされてしまったという印象を受けた。

 

和牛がネタを終えてから、すゑひろがりずからし蓮根、見取り図がその点数に届かないどころか近づくこともできない中で、ここでミルクボーイが現れる。歴代最高の682点は平均得点97.2点という化け物じみた点数だった。そこで確実に運命は揺らいでしまったのだと思う。

 

それでもまだ和牛の最終決戦進出は確実だと思っていた。ただそこで最後に出てきたのがぺこぱだった。キャラ漫才とも言えるような風貌で、ツッコミ方は新鮮そのもの。もちろんぺこぱが面白い漫才をしたことは否定しない。しかしそれでも和牛が3番目じゃなかったら、かまいたちの後じゃなかったら、ミルクボーイの爆発がなかったら、あの2点差での逆転は起こっていたか。

 

もちろんぺこぱと和牛の漫才を比較してどちらが面白かったか、という審査の方法もあっただろう。でも審査員も人間。今までの和牛を観てきて、そして敗者復活という物語を背負って暫定3位に座っている和牛を落とせるかどうか。それとぺこぱは戦わなければいけなかった。それでも色々な運命が絡み合い、和牛を上回る654点を審査員に出させた。ぺこぱはあの瞬間、和牛を倒しただけでなく、戦前から存在した「敗者復活からの和牛優勝」という物語そのものを塗り替えたのである。

 

 M-1史上最高得点が出た2019大会。同時に過去最高に面白い大会だったという声もあった。過去の大会では「物語が出来上がる瞬間」が番組内で訪れることはあったが、今回は番組中に物語が二転三転し、さらにはすでにできつつあった物語が塗り替えられる瞬間を観ることができたという点が、最高の大会と言われる所以だったのではないだろうか。本当に素晴らしい大会だった。これだからM-1は最高なのだ。