微炭酸のしょう油

やわらかいところ、刺してもいいですか?

小説「マチネの終わりに」の感想

嫁が絶賛していたので読んでみた本。以下、ネタバレを含みます。

 

 

★★★

 

 

この本を読んでいてびっくりしたことは、大切なことがあまりにもあっさりと語られることだった。洋子がリチャードと結婚したこと、蒔野が早苗と結婚したこと、そして早苗が蒔野に真実を語ったということ。それぞれすべてが文脈による高調を迎えることなく、あっさりとそしてひっそりと文章の隅に添えられるような。そんな語られかたをしていた。あえて言えば、それがテーマとも大きく重なる部分があったのかもしれない。つまりは重要なのは「事実」ではなく「過程」なのだと。そしてその「過程」によって「事実」の持つ意味はいかようにも変わっていくものなのだと。

 

「過去は変えられる」。これは小説を通して語られる大きなテーマの一つだ。これは逆説的に考えれば、「過去」になりゆく「今」もそして「未来」も、その「事実」に大きな意味はない、ということではないかと思わされた。この小説においては、「事実」に関する描写はあまりにもあっさりと描かれる。おそらくこの物語で起こった「事実」を列挙してみれば、その内容はあっさりと描き終わってしまうだろう。

 

だからこの小説はその「過程」にこそ重きをおいて書かれている。登場人物がその行動に至った経緯、思惑、そしてそこにある心の機微について、丁寧にしっかりと描写されていく。なぜならば起きた「事実」よりも、その「事実」の持つ意味や成り立ちこそがある意味でその「事実」の真の正体なのであり、全てだからである。

 

ぼくの奥さんはこの小説について「読んでる途中で胸が痛くなる」と言っていた。ぼくはといえばそこまで没入した感情移入はしていなかったように思うが、これは男女の違いからくるものなのか、感情を移入する先の人物(蒔野と洋子)の違いなのかは興味深い。今度映画がやるのでそれがすごい楽しみだ。