「井の中の蛙大海を知らず」という言葉がある。
これ、「小さな井戸で満足して、大きな海を知らないダメなカエル」みたいな意味で使われているが、ふと思う。果たして大海を知る必要は本当にあるのか、と。
仮にこのカエルくんが井戸から出たとしよう。山を超え谷を超え、そして辿り着いた大きな海。「これが海か。これがその大きな海なのか」と感動に涙を流していると、後ろから一声。
「それ、東シナ海だよ。海としてはそこまでの大きさではないよ。海としてはね」
なんて言われたらどうだろうか。とてもムカつくだろう。そもそもこのカエルはどこ出身のカエルだったのか。九州地方かな? 知らねえけど。
そんなわけで、わたしがカエルなら井戸から出たくない。その井戸の中が幸せならば、その井戸こそが、カエルにとっての大海なのだ。
知らねえけど。